ホームページ制作の仕事

ネットショップ関連のホームページ制作スタッフとして働いたことがあります。
そこの会社には6人ぐらいのスタッフがいてパソコンチームと携帯チームに分かれていました。
自分は携帯チームに所属していたけど自分にしか出来なかったプログラミングが主な仕事でした。
楽天ショップなのでプログラミングは普通に作るのには必要なかったのですが確か外部ページのリンクも一部張ることが当時は出来てそのページの制作に自分は携わっていました。
外部ページは検索用のページでプログラミングが出来なければ制作出来ませんでした。
自分は正式なプログラミングの経験はありませんでしたが独学でそこそこのプログラミングを書くことは出来ていたのです。
プログラミングと言ってもブラウザーやサーバーで動くものでした。
言語はJAVAスクリプトやPHPが主なものでしたが想像していた以上にスピードが要求されてじっくりと制作することが出来ませんでした。
プログラマーは納期に苦しむことが多いと聞いていたけど、少しはプログラマーの気持ちも分りました。
でも自分は納期もそうだけど売り上げが悪いと実質的なオーナーの社長の奥さんが毎日のように電話をかけてきた方がプレッシャーがかかったかなぁ。
毎日の売り上げは直ぐに分るようになっていたし自分が担当している携帯用のショップの売り上げがゼロの時は本当にプレッシャーがかかりました。
ネットショップといっても普通の実店舗と変わりはないしお客さんの顔が見えない分、怖い面があると思いましたね。
実際にクレーマーの客がひつこく電話でクレームを言ってきたことがありました。
その時は顔が見えないネットショップの怖さを知ったと同時にネットショップも実店舗も誠実な対応が一番だと思いましたね。
さてそのショップでの売り上げに多少は貢献したと思っているけど売り上げの頭打ちで雇い続けることが出来ないと社長に言われました。
ネットショップって広告費や出店代がかかって全くの投資なしでは満足な売り上げを上げることは難しいのです。
そのことを知っていた自分は居続けても落ち着いて働くことは出来ないと思って次の仕事を探すことにしたのです。
ここでの仕事でホームページを作る技術は勿論のことですがスピードが必要だと痛感しました。
ネットビジネスは先にした方が得なことが多いのです。
このサイトで掲載させてもらっているアフィリエイトだって先に始めた人の方が絶対に有利だと思っています。
でも自分は将来は細々と小遣い稼ぎにネットショップをしようかと考えています。
何を売るかはまだ決めていないけど、この時の経験が活かせたらいいと思っております。
さてホームページ制作の仕事に向いている人ってどんな人でしょうか?
ホームページ作成というと難しく思うかもしれないけど基本的にHTML言語が理解出来てホームーページ作成ソフトが使えるならば誰でも出来ると思います。
HTML言語といってもプログラミング言語のように難解ではないです。
コツコツ勉強出来る人であれば理解出来ると思います。
ホームページ作成会社といっても色々あると思いますが今回はネットショップでのホームページ作成について考えてみます。
働いているネットショップが楽天広場を利用しているのであれば楽天のシステムを理解すれば誰でもネットショップを制作出来ると思います。
HTMLを知らなくてもネットショップを制作することは可能だけど出来たらアレンジする時はHTML言語を知っていた方が便利です。
それから画像を修正することが多いので画像ソフトの扱いに慣れていた方がいいと思います。
後はパソコンに向かいっぱなしが多いので根気強い人がいいと思います

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サーバー管理の仕事

今はスマホやiPhoneの普及率が上がりインターネットする人が格段に増えてきました。
だからインターネットって何?っていう人は少なくなったんじゃないかな?
でもインターネットの仕組みを知っている人は昔も今もそんなに多くはない気がします。
このブログを読んでくださっている方もインターネットしているんですが、このブログのデーターはどこにあるか知っていますか?
このブログのデーターはサーバーというパソコンに格納されているんです。
サーバーと言ってもWEBサーバーもあればデーターベースサーバーもあると思いますが、サーバーというものはデーターを格納しているとこだという認識で間違ってはいないと思います。
さて自分はそんなサーバーを扱う会社で働いた経験があります。
それはちょいとした専門職ですからWindowsを少し触ったぐらいの知識では苦労すると思います。
その理由は業務用のサーバーはリナックスというパソコンが主流でWindowsのように視覚的に操作しないんです。
訳のわからん英語の羅列が一杯出てきます。
特に障害があった時は羅列の量が多くなりがちです。
でもマニュアルがあってその通りすれば解決することが多数でした。
マニュアルにないことは依頼主のSEが遠隔操作で解決したこともありました。
基本的に自分で解決する自信があってもマニュアルにないことはしてはいけないことになっていました。
自分がサーバー管理の仕事をした時は40歳を超えていました。
普通サーバー管理の仕事というとある程度のパソコンの知識が要求されますが自分は趣味のプログラミングを通して業務には差支えのない知識を得ていました。
でも休みなしの長時間労働は辛かったです。
一日12時間以上の労働は当たり前だったし休みが凄く少なかったです。
完全な休みは二週間に一回ぐらいでした。
そんな生活を続けていたせいか仕事中に寝てしまうことがありました。
自分は不覚にも寝てしまって起きた時に先輩から怒られると思っていたけど先輩もイビキをかいて寝ていたのです。
IT企業は過酷とは聞いていましたが本当のことだと思ったなぁ。
そんな過酷なIT企業の一部であるサーバー管理の仕事ですが、向いている人を考えました。
先ずはパソコンの知識が必要です。
パソコンの知識といってもオフィースで使うエクセルやワードだけでなくてOSよりの知識があった方が業務を理解しやすいと思います。
特に普段は使わないリナックスの知識は必須です。
でも知識といっても基本的なリナックスのコマンドと仕組みを知っていれば大丈夫です。
あとは長時間労働が多いので上手に気を抜ける要領よさが必要だと思います。
パソコン好きが集まる職場かもしれませんが実際の業務は地味です。
でも長時間労働に慣れたら意外に単純作業で体力を使わないので長続きする人もいるみたいです。

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運送会社の仕事

車の運転にイマイチ自信のない自分が選んだのはドライバーではなくて仕分け場と呼ばれる積み込みや荷物を降ろす場所で働きました。仕事内容は配達をする荷物をトラックに詰め込んだりドライバーが集めてきた荷物を配達地域によって仕分ける仕事をしました。
単純な作業なんですが繁忙期は荷物の量が半端ではないんです。
動き続ける仕事なんで汗はびっしょりかきますが最初の頃は筋肉痛も起こります。
自分は当時は空手をしていて運送会社の仕事なんて体力的に楽勝だと思っていましたが一週間程度は筋肉痛に悩まされましたね。
でも慣れとは凄いもので二週間後には何とか大量の荷物の積み下ろしも出来るようになってきました。
仕分け場には自分以外にも4人ぐらいいたのかな?
その中の一人は中国人でした。
身分は学生でしたが実際は出稼ぎ労働者みたいでした。
彼は大きな身体で力持ちでしたね。
仕分け場のスタッフ以外では運転手が10人以上はいたかな?
その中には癖のある運転手もいて偉そうにものを頼む者もいました。
でも気が荒い人が多い印象の運送会社でしたが意外に気が荒い人はほとんどいませんでした。
やはり運転手も客と接することが多いのである程度の人当たりの良さも必要なんで面接の時に面接官がそんなところも見ていたのかもしれません。
この仕事はまとまった昼休みが取れないことがあります。
自分が働いていたところは間違えなくそうでした。
朝の積み込みが終わったら少しの間ですが暇な時間がきます。
この暇な時間に昼ご飯を食べなければいけなかったのです。
しかし1時間まとめて休みを取ることは出来ませんでした。
昼ご飯を食べて暫くしたら各会社から引き取った荷物を運搬してくるトラックが仕分け場に戻ってくるのです。
仕分け場で働くスタッフはその荷物の積み下ろし作業をしなければいけないのでした。
積み下ろした荷物は配達地域ごとのパレットに移動しました。
そこの仕分け場は朝の3時ぐらいまで営業していたのかな?
自分はそんな時間まで働けないので夜専用のスタッフもいました。
その中に仕事を掛け持ちしている中年の男がいました。
とても気の良い人なのですが暇な時にトラックの中で寝ていることがありました。
朝も早い時間から仕事をしていたので睡眠時間が3時間もないみたいでした。
その人の父親は鉄工所を経営していたのですが負債を抱えてしまい父親が亡くなった後は息子である彼が返済を続けていたみたいでした。
最初の借金の額は7000万円ぐらいあったそうですが何とか3000万円ぐらいまで返済したそうです。
でも3000万円と軽く言えないですね♪
3000万円は自分にとって超大金で返済する自信なんてありません。
パワーのない自分は大きな借金は出来ません(-_-;)
でも彼はこんなに借金があるのにイライラしたり人生に絶望したりする素振りを見せたことがありませんでした。
自分にはない大きな人としての器がありましたわ。
大変な苦労を抱えていても人に親切に出来るって凄いことです。
話が少し逸れましたが運送会社の倉庫で働くことに向いている人を考えました。
軽い荷物もあるけど重たい荷物も少なくないのである程度の体力が必要です。
トラックの荷台に荷物を積む作業もあるけどうまく積まないと多くの荷物が積めないので工夫も必要です。
後は先輩後輩のケジメが厳しいとこもあるので、そんな雰囲気に慣れている体育会系の人の方がいいかもしれません。
特別な能力がなくても出来る仕事ですが寝不足で仕事をしたらかなり辛い仕事です。
反面体調管理さえうまく出来る人であれば単純作業なんで仲間とワイワイ言いながら働ける現場も多いと思います。

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プレス工の仕事

シンガーソングライターの井上陽水さんの歌に「灰色の指先」という作品があるのを知っていますか?
暗い歌だけどなかなか聴きごたえのある歌ですよ。
その歌の中ではプレス工は暗く描かれています。
そんな暗く描かれているプレス工を自分は経験したことがあるんですよ。
でも派遣社員として働いていて難しい作業はありませんでした。
プレス工とは金属板をプレスで加工する仕事なんです。
プレスを加工する前に正確な形に加工する為にプレス機のセットがあります。
それは難しくて派遣社員の自分はさせてもらえませんでした。
自分はひたすらプレス台の上に金属板を置いてボタンを押すだけの仕事でした。
でもプレス機にはセンサーが設置されていて危ない場所に手を置くとボタンが作動しないようになっていました。
プレス加工の仕事では指のない人をみたこともあります。
機械作業は甞めてかかったら事故を誘発するので絶対に安全確認は必要です。
この職場は大阪市内の外れにあったのですが駅から遠くて歩いて20分ぐらいかかりました。
自転車の支給は派遣会社からありませんでしたので我慢して職場まで歩いて行きました。
でも暑い時期だったので職場に到着した時は汗でびっしょりでした。
この職場は単調な仕事で交通の便が悪かったせいか人手不足みたいでした。
人手を解消する為に派遣社員は勿論外国人労働者も雇っていました。
ペルー人の労働者でしたが親切な人が多くて自分が慣れない頃は親身になって仕事を教えてくれました。
そのうちの一人の女の子は20代前半ぐらいで可愛い感じでしたが結婚していると聞いた時は少し意外でしたなぁ。
でもペルーでは早婚が多いと聞きました。
彼らは出稼ぎで日本に来ていたんだけど日本人がしたがらない仕事を彼らがして何とか人材不足の産業が機能している現実を知りました。
でもこれは日本だけでなくてアメリカもそうだったみたいです。
国が裕福になれば出来れば汚れる仕事はしたくないのが人情なんかな?
それから自分は滅多に怒らない人間なんですが、その会社でもの凄く口うるさいベテラン工員がいていつも新人に指図をしていたんです。
でも指図の仕方が上から目線で罵るように教えるので多くの派遣社員は嫌がっていました。
でもやがて自分も配置転換で口うるさい工員の近くで作業することになったんです。
仕事の段取りが悪い自分に口うるさい工員は苛立ったのか自分に近づいて喚きながら自分の次の作業の段取りをしました。
段取りをしてくれることは有難かったのですが、あまりの上から目線と罵るような教え方に自分は切れてしまったのです。
今では何と言ったのか覚えていませんが彼に喧嘩を売るような口調で反抗しました。
完全に頭に血が上った状態でしたね。
それから暫くは口を利くことがありませんでした。
そんな口うるさいおっさんでしたが、事故に繋がる危ないやり方の時はすっ飛んできて怒りましたね。
本当は仕事に対しては厳しいけど根はいい人だったのかもしれません。
さてそんなプレス工に向いている人を考えました。
単純な作業なんで根気よくやれる人であれば誰でも出来ると思いますが、プレスの設定となると几帳面な人の方がいいと思います。
もしかして今でもプレス工として働く人は少ないかもしれません。
でも設定出来るぐらい熟練すれば面白さが出てくるような気がします。

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ソバ屋の仕事

ソバ屋のバイトは2年ぐらいしたはずです。
この頃も夜間の高校に通っていました。
このバイトは長続きした方だと思います。
長続きした理由は良い先輩に恵まれたこともあったし、出前が中心の仕事だったのでいつも新鮮な気持ちで仕事が出来たことも大きな理由だと思います。
出前先は洋食レストランと違って会社だけではありませんでした。
ソバやうどんや丼物は多くの人が好んでいるせいか様々な客層からの出前の注文がありました。
会社からの注文 個人宅からの注文 派出所からの注文 ストリップ劇場からの注文 風俗店からの注文そして危ない筋からの注文も多かったです。
その筋の人の事務所に配達に行くのは誰もが嫌がっていました。
他の出前要員とは基本的に順番で配達先を決めていましたが運が悪い時は日に数回もその筋の人の事務所に配達することもありました。
思っていたよりもイチャモンは少なかったのですが会話の内容はやはりその筋の人のものでした。
フィリッピンのアキノ大統領は空港で不幸にも暗殺されましたがその筋の人の事務所に行ったら、そのニュースを熱心に見ていました。
そして他の組員に向かって言うのです。
「外国製の拳銃は凄いな!遠い場所からでも人を殺せる!」
こんな会話を普通の人がしたら危ない人とのレッテルを貼られるかもしれませんが、その筋の人は元々危ない人なので危ない会話も平気だったのでしょう!
その筋の人は実は思っているよりも質が悪くありませんでした。
それよりも高利貸しの事務所に出前に行く方が嫌でした。
その事務所の誰もが怖かったのですが、そのうちの一人はたくあんが好きで丼を頼んだ時にたくあんが通常の3倍程度ないと不機嫌でマジ切れすることもあったのです。
高利貸しの事務所への出前はその筋の事務所に行く時よりも緊張しました。
そんなところで金を借りたら取り立てが凄いだろうなぁっと想像してしまいました。
ストリップ劇場への出前も色々な触れ合いがあって楽しかったです。
当時は外国人女性のストリッパーが数人いて片言の英語で会話したのは今でも楽しい思い出です。
風俗店の出前もありましたがいきなり上半身裸の若い女の子がお金を払いにきた時は目のやり場がありませんでした。
本当はマジマジと見たいのが男の性なのでしょうが仕事中ということもあり努めて冷静に対応しました。(笑)
本当にそばやうどんは万人が好むせいか注文してくれる客層もバラバラです。
自閉症気味の自分でしたがソバ屋の出前のバイトは2年ぐらい働きました。
在職中には先輩のバイク好きの人と四国一周のツーリングに行ったこともありました。
その頃はバイクに乗ることが凄く楽しかったのです。
さてソバ屋の出前というとお盆の上にうどんや丼を乗せて肩で担ぎながら配達する姿を見たことがあると思います。
自分も日が経つにつれ肩でお盆を担ぎ配達するようになりました。
時にはお盆の二段重ねもありました。
一段目に平たいうどん類を乗せてその上にもう一つお盆を乗せて丼物を乗せるのです。
見ている人にとっては怖いものかもしれませんが、お盆で配達することになれた自分は少しばかりの優越感に浸っていました。
でも一度段差がある道路でお盆が浮いてしまって数個以上の丼が空中に飛んでしまってから地面に落ちて丼鉢も割れてしまいました。
急いでお店に戻り作り直してもらいましたが店長は物凄く渋い顔をしていました。
本当は怒りたかったのですが怒っている暇もなかったのかもしれません。
さてそんなソバ屋の出前ですが向いている人は?
配達は主に自転車なんで自転車に乗れる人と、いくつもの丼を出前箱に入れると重たいので少しぐらいの体力があった方がいいです。
それから昼時や大晦日は物凄く忙しいのでテキパキ動ける人がいいと思います。
この仕事も昼食や夕食付が多いので食費が浮いて助かります。
でも毎日丼や麺類ばかりでは飽きることもあります(^^)/

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洋食レストランの仕事

自分は最近は和食派だけど以前は洋食派でした。
そんな自分は洋食レストランでアルバイトをしたことがあります。
そこは会社が多い大阪市内の街でした。
経営者兼店長と自分しかいないお店でしたが、昼時は忙しくててんやわんやしていました。
店長も忙しい時は寒い季節なのに汗をかいたような表情をしていました。
でもそれは汗ではなくて焦りの表情が汗に見えただけだと後になってから確信しました。
人を雇いたいけど人を雇う余裕がなかったみたいです。
そんな自分は短時間だけアルバイトで働いていました。
夜間の高校に通っていた頃なんで二十歳前後だったと思いますが、飲食店ではたぶん初めての仕事だったと思います。
飲食店といっても調理するわけではなくてウェイターと出前が主な仕事でした。
オフィス街だったので出前先でOLと会うことが多かったのです。
その中には自分がきたら何故か笑っているOL達がいました。
何故笑っていたのかいまでも理由は不明です。
でもOLに笑われて悪い気がしないのは男の性なんでしょうか?
それとも自分だけ?

この店の店長は作る料理は美味しくてファンが多かったようです。
よく食べにきてくれる人がいました。
特に自家製のドレッシングは作り方を見る人がいるほど人気があったみたいです。
ドレッシングって生野菜には欠かせないものですね。(^^)/
料理の腕はよい店長でしたが不愛想なのが玉に瑕でした。
そんな店長は自分を怒る時はストレートでした。
直ぐに感情が顔に出るタイプでした。
それは親しい人達も言っていました。
でも今考えたらきっと計算ずくで怒ったりワンクッションおいて怒ることが苦手だったんだと思います。
幾度か店長と衝突しましたが人が好いのは後になって分りました。
ある日のことです。
女性の三人組がきて話が弾んできてそれを聞いている店長も楽しそうでした。
帰る間際に色々なメニューを見て今にも食べたそうな表情をしていました。
その姿を見た店長も珍しく愛好を崩してしまったのです。
口下手な店長は三人組の女性たちに気の利いた言葉を発することが出来ずにひたすら愛好を崩すのみでした。
でもそんな店長の姿を見て自分はこの人は嘘がつけない人だと確信したのです。
何度か言い方が悪くて店長とは衝突しましたがこの件以来、店長への評価が変ったのです。
人の真の評価って何かのきっかけで決まることがあるもんです。
その件以来、以前ほどの衝突を繰り返すことはなくなりました。
しかしある日のことでした。
店長から言われました。
「売り上げが厳しいのでアルバイトを雇う余裕がなくなったので、悪いけど今月一杯で辞めて欲しい!」
アルバイト待遇でしたが生まれて初めての解雇通告でした。
最後の給料袋には1万円多く入っていました。
店長なりの自分への感謝だったんでしょう!
給料袋を見た自分は胸が熱くなってしまいました。
解雇されることは悲しいことだけど、店長の誠実さを感じた自分は黙って店を去ることにしました。
それからはソバ屋で働くことになったのですが、洋食レストランも急に人がいるようになって店長の知り合いの女性が自分が働いているソバ屋にきて再度洋食レストランに来てほしいと店長が言っていたと言ったのです。
でもソバ屋の仕事が慣れてきたのでその申し出は断りました。
人によっては店長の行動は勝手だと思う人がいるかもしれませんが、店長は自分を評価してくれていると思い悪い気はしませんでした。
さて洋食レストランのウェイターとして働くには何が必要だろうか?と考えてみました。
基本的に身なりがみすぼらしくなかったらいいと思います。
それからウェイターと話したいお客さんもいるので社交性があった方が得ではないかと思います。
他には昼時は凄く忙しいので自ら先の仕事を見つけて動ける人がいいと思います。
昼飯もついてくることが多いので時給以上の価値があると思いますね。

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新聞配達の仕事

朝の早い自分は新聞配達の人をよく見ます。
朝が早いと言っても6時台ではありません。
自分はいつも早出の時は5時16分の電車に乗るので家を出るのが5時ぐらいです。
そんな時間でもバリバリに活動しているのが新聞配達の人です。
新聞配達の仕事は契約している各戸に新聞を配るのが仕事ですが、最初のうちは契約者の家を覚えるのが大変なんです。
新聞社の名前が書いている新聞入れがあれば見つけるのは楽なんですが、そうでない家庭も自分の頃は多かったのです。
新聞配達は主にバイクか自転車で配達することが多いですが自分は自転車で配達しました。
自転車での配達範囲はバイクよりも範囲が狭いのですが、それでも相当な戸数に配達したと思います。
その中でもアパートの配達は困りました。
困ったのは配達する音がうるさいという苦情とアパートの照明の暗さで部屋番号が見づらかったことです。
それでも先輩はスイスイと各戸に配達していました。
熟練してくれば部屋番号以外で部屋が識別出来るみたいです。
ちなみに音がうるさいと文句を言う人はその筋に近い人みたいでした。
雨や風が強い日は辛いかもしれないけど場所さえ身体で覚えるぐらいになれば長続きするみたいです。
でも堪え性のない自分は三日で出社拒否になりました。
無断欠勤だったので販売所の所長が何回もアパートの代表電話に電話をかけてきました。
でも仕事から逃げ出した自分はそれが販売所からの電話だと気付いていても電話を取ることが出来ませんでした。
無断欠勤した日は相当にしつこく電話をかけてきたと思います。
人手不足の仕事だったのでせっかくきた人材に逃げられるのが怖かったのだと思います。
このまま所長と遭わずに新聞配達の仕事から逃げたかったけど販売所から借りている自転車に鍵をかけてしまっていたのです。
鍵をかけてしまったら所長は自転車を乗って帰るわけにはいかないので自分は所長がこないと思われる深夜過ぎた頃に販売所の自転車に鍵をつけたのです。
翌日も所長がきて自分の部屋の戸を何回も叩きました。
完全な居留守なんだけど情けない気持ちになりました。
所長のノックはかなりしつこかったけどやがて去りました。
鍵をつけた自転車も後から無くなっているのを確認しました。
鍵をつけていても誰も盗むことはないだろうと思われるオンボロ自転車だったので盗難はないと確信していました。
所長が乗って販売所に戻してくれたのです。
翌日からは所長がくることはありませんでした。
完全な無断退職で数日間の給料はもらいにいきませんでした。
でも一緒に付いて教えてくれた人が好い先輩には申し訳ない気持ちがありましたね。
以前は奨学金制度も利用出来たみたいだけど今は自分たちの頃と制度が変っているかもしれないです。
苦学生がするイメージがあった新聞配達だけど今は苦学生よりも仕事の掛け持ちとしてしているケースが多い気がします。
さてそんな新聞配達に向いている人はどんな人だろう?
朝が早いので早起きが苦にならない人がいいと思います。
でも仮に寝坊しても販売所の人が起こしてくれるケースもあるみたい。
早起きと関係してくるけど起きる時間が始発前ぐらいなんで寝つきがいい人がいいと思います。
早く寝ても寝つきが悪い人は結構いるみたいです。
それから時間内に配達しなければいけないので素早く動ける人がいいと思います。
短時間で配達が終わったら時給がいいみたいなんで掛け持ちとしてもいいかもしれません。

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